首里古地図を見ると龍潭池の北岸には北谷御殿(北谷王子の邸)と名護按司邸があったとされています。
どんな屋敷だったのか…までは分からないので、
仲村家など現存する琉球士族の屋敷を参考に描きました。
亀島先生によると、この頃(1700年代)には屋根にシーサーは乗っていなかったそうです。
シーサーはもともとは村の入口に置いて村の守り神とされたものを、明治時代に各家の屋根や門に取り付けるようになったのだそうです。
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