龍潭池の水が流れ出す排水路に架けられていたという
世持橋(ゆむちばし)は、もともとは第一尚家の菩提寺であった慈恩寺にあったものを、首里城下町整備の一環として第二尚王朝時代に架け替えたとされています。橋の羽目板には海洋国家らしい魚介類や水禽をテーマにした石彫が施され、その芸術性は拓本を目にした
棟方志功にもとても高く評価されています。首里の風景に欠くべからざる橋だったと言いますが現在その面影はなく、羽目板のみ沖縄県立博物館に所蔵されているそうです。

(世持橋下書き)

(世持橋写真 1932年)
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